不倫で離婚した母が不倫した話

 

 

 

 

長年言えずに溜め込んでいたことを書き起こしたいと思って筆をとりました。

 

 

私の家は母子家庭でした。

幼い頃に父親の不倫が理由で離婚したからです。

 

 

私をお腹の中に抱え悪阻で苦しんでいる母親が「ご飯が作れない、ごめんなさい」と言うと

「それなら晩御飯はピザでも取るか」と言ったり、

私と年子の妹、幼い2人を見ながら生活していた母親を放って不倫をしたり、

離婚後父方の祖母と父親と面会した時は、年老いた祖母に私達子供を預けて、一人ショッピングモールの中に消えていったり。

 

私とっては離婚前も離婚後も良い父親ではありませんでした。

寧ろ女手一つで頑張ってくれている母親の傍で育ったので、憎むべき対象でもありました。

 

 

近くに母方の祖父母が居てくれたお陰で援助は受けられましたが、それでもフルタイムで働きながら生活する日々はとても大変だったと思います。

 

小学生の頃はフードコートで食事することも多かったですが、それでも母子3人で食事できることが嬉しくて、フードコートで自分の好きな物を選んで食べるのは楽しくて、今でも思い出のひとつになっています。

 

片親でも不自由な思いをさせたくないと日々働いて頑張ってくれたお母さんですが、

誕生日やクリスマス、ひな祭りやこどもの日、七五三等……家族で行う行事は一通り叶えてくれていました。

今思い返しても感謝しきれません。

 

 

そんな母親が私が中学生の時に再婚しました。

相手にも子供がいました。

 

 

難しい年頃ではありましたが、それでも家族一同が家族という認識を持って暮らしていました。

愛犬も迎え入れて、一時は平穏でした。

 

でもそれも崩れます。

 

二人目の父親は精神的に弱く、度々休職をする人でした。

精神的な理由については私も母親も理解していて、母は変わらずフルタイムの仕事をして支えていました。

 

そんな中、家に籠りきりになるくらいならば と

第二の父親が興味を示したバイクの趣味を母親は許容しました。

 

家に大きなバイクがやってきて、

様々なパーツを購入してカスタマイズしていた第二の父親は一時よりも元気な状態になりました。

 

そこで終われば良かったのですが、第二の父親は実子の学費に手を出してまでバイクに注ぎ込みました。

そのマイナスを工面したのは母親です。

 

この頃他の原因もあり プツリと母親の中で何かが切れたのではないかと今でも思います。

それまで子供のこと家族のことを第一に考え、セール品の安い服一枚自分の為に買う事を躊躇っていた母親が自分の為に少しずつお金を使うようになりました。

 

この頃の母親の変化が私は嬉しくて、

そうだよ もっと自分の為に生活してもいいんだよ、と思っていました。

 

 

その後私は一度家を出るのですが、

私が家を出ている間に第二の父親とも離婚し母親と妹は二人で暮らすようになりました。

 

 

私が住んでいた家の契約更新が差し迫る頃、

母親から「戻っておいでよ」と声が掛かりました。

生活が苦しかったこともあり、私はその好意に甘えることにし 三人で生活する事に決めました。

 

帰って一週間も経つと同じ女なこともあり直ぐに母親に彼氏がいる事に気が付きます。

 

それ自体は良かったのです。

子供達も成人してやっと母親が自由に自分の人生を生きられるんだと、嬉しかった記憶が残ってます。

 

 

「その人と再婚しようと思う」と思うと聞くまで時間はあまりかかりませんでした。

 

流石に今の歳から新しい父親新しい家族という気持ちにはなれなかったので、

それならば私は一人暮らしをする旨を説明し、母親も「直ぐにという話ではないから、二年後くらいかな」と言っていた為、私はそれまでにはひとり暮らしをする心づもりでした。

 

けれど、その期日は男と会う度に1年後、半年後、来月……と短くなっていきました。

 

男と会う度に言うことが変わる母親を見て不安に思い 何度か話し合いをしている内に、

あることを私にだけ明かされました。

 

 

「元彼にストーカーされている」

 

 

最初それを聞いた時は驚き、母親の身を心配しました。

けれど話を聞いていく内に、相手は既婚者であること、別れた後も離婚するからと迫られているいること、住所を知られてしまっているから危ないと今の彼氏に言われたので早く引っ越したいこと、を告げられました。

 

 

それらを語る母親の様子を見て、

 

どうして相手の家庭を壊した貴方が悲劇のヒロインみたいな顔をして、そんな酷い内容を私にだけ伝えるのか、絶望しました。

 

 

酷い最初の父親のせいで大変な苦労を今まで強いられて来たじゃないか。

不倫のせいで家族を壊されて、沢山沢山悲しんだじゃないか。

だからこそ、私は浮気や不倫が許せなくて、どんなに自分の身の回りの人間が「それくらい」と言おうとも価値観が合わなくてもそれに流されず生きてきたのにその柱であった貴方自身が不倫をするのか。

どうして妹には言わず、私にだけこの話を背負わせるのか。

 

 

私もいい娘であったかどうかはわかりません。

沢山喧嘩もしたし、苦労も掛けてきたと思います。

けれど私の母親は凄い人で、不倫されて沢山傷ついたのに子供が居るからと立ち上がって、どこに転職しても頼られていて、私も妹も今も昔もとても愛されているし、大好きで尊敬できるお母さんでした。

 

 

とても好きなお母さんだったのに、

私はその日から母親との関わり方が分からなくなりました。

薄情な娘だと思います。

 

妹はこの話を知りません。

そんな中で変わらぬ顔をして生活していくことが私にはどうしても出来なくて、引きこもってしまいました。

家を出たいのに、母親が居ない場所で生活したいのに、どうしても身体は言うことをきかなくて思うように働けませんでした。

 

このままでは駄目になる、そう思ってその後なんとか家を出て一人暮らしを始めました。

そうしたら今までが嘘のように頭のモヤが晴れて、イライラする事も減り、普通に働けるようになりました。

 

 

幼い頃から女手一つで育ててくれて、

再婚した後も休職気味の第二の父親を支えながら行きたい学校に行かせてくれた母親を私は見捨てたのです。

 

 

今考えても、不倫を知ってしまった以上今の距離感で一年に一度会うくらいが丁度いいのだと思ってしまいます。本当に薄情な人間です。

 

それでもどうしても受け入れられませんでした。

大嫌いな父親と同じことをして、

家庭を壊されたのに相手の家庭を壊した母親を。

 

その分別もつかなくなってしまうくらいそれまで身を粉にして頑張ってきてくれたのかもしれません。

色々な可能性を想像します。それでも駄目でした。

 

 

こんな内容、身近な人に気軽に出来るものでもなく、今も母親と一緒に暮らしている妹に勝手に打ち明けるわけにもいかず抱えていました。

でもどうしても苦しくて、匿名だからと筆を取りました。

 

 

どうしても貴方と不倫を許せない薄情な娘でごめんなさい。

沢山の愛を持って育ててくれたこと、感謝してます。

片親でも幸せな家だったのは貴方の血のにじむような努力のお陰だったんだろうと思っています。

 

本当に本当に感謝しています。

それでも私は不倫や浮気を許せません。

ごめんなさい。